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zoom RSS 第982回 糖質制限食をめぐる議論への違和感

<<   作成日時 : 2016/11/02 12:34   >>

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米国糖尿病学会は2013年10月の栄養療法に関する声明において、低炭水化物食を糖尿病治療食の選択肢の一つとして認めていますが推奨はしておらず、「全ての糖尿病患者への三大栄養素(炭水化物/タンパク質/脂質)の特定の理想的なカロリー比率はないことはエビデンスが示唆している。それ故、栄養比率は代謝状態(例えば、脂質特性や腎機能)並びに嗜好(例えば、伝統、文化、宗教、健康への信念や目標、経済)を個別的に評価して決定されるべきである」、「糖尿病患者への理想的な炭水化物の摂取量に関するエビデンスは不十分である。したがって、目標設定は各患者と共同して行われるべきである」、「全ての糖尿病患者に有用と決定づけられる理想的な食事パターンはない。糖尿病患者にとって、どの食事パターンを選ぼうとも重要なのは総エネルギー摂取量である」と明記されています。この点を踏まえて下記の杉本医師の論説をお読みください。

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二項対立的な議論でよいのか
筆者(杉本医師)は、Medical Tribune(ウェブ版)がこれまで山田悟氏による糖質制限食の話題を一貫して積極的に取り上げてきたことに注目してきました。山田氏の文献レビューは、既存の定説に対する卓越した視点に基づく歯切れの良い主張で、いつも大変興味深く拝読しています。糖質制限食に関する最新の知見を紹介してきたことで、エネルギー制限食を中核とするわが国の硬直化した食事指導の在り方を見直す機運が高まり、ついに2013年3月、日本糖尿病学会から「日本人の糖尿病の食事療法に関する日本糖尿病学会の提言〜糖尿病における食事療法の現状と課題〜」が発表されるに至りました(関連記事1関連記事2)

これはわが国の食事療法における重要な一歩であり、「糖質制限食 vs. エネルギー制限食」という議論がもたらした成果であり、Medical Tribuneの山田悟氏の連載がこれに貢献したと評価しています。しかし、食事療法のエビデンスに関する二項対立的な議論が加熱した結果、負の側面も生まれています。それは、食事療法はエビデンスよりも患者の食の嗜好やライフスタイルを尊重することが重要であるという患者の視点が置き去りにされたまま、互いを批判し合う"白か黒かの議論"となったことです。

筆者の周囲でも「あなたはエネルギー制限派、それとも糖質制限派?」といった二者択一的な議論がもてはやされていました。糖尿病診療の現場にいる一臨床家として、それはとても残念なことでした。ほとんどの患者はエネルギー制限食も糖質制限食も望んでいないという現実を踏まえ、これからの食事療法に関する報道はエビデンスだけではなく、もっと患者中心の視点からも行われる必要性があると思います。二項対立的議論ばかりが報道された結果、一般の読者に混乱を招いています。食事療法のエビデンスを追求するのが研究者の立場であるとすれば、患者の自己決定やQOLを重視するのが臨床家の立場です。食事療法に関する報道は、こうした臨床の現場にも配慮して欲しいと思います。

患者中心アプローチ、治療の個別化という大きな流れ

2012年の米国糖尿病学会(ADA)/欧州糖尿病学会(EASD)の意見表明(Diabetes Care 2012;35:1364-1379)では、「患者中心アプローチ」「決定共有アプローチ」という言葉が何度も繰り返されました。そして、患者中心アプローチは「個々の患者の選択、ニーズと価値を尊重し、それらに敏感であること」「患者の価値観に基づいて、すべての臨床決定がなされることを保証すること」と定義され、患者と決定を共有することの重要性を強調しています。その目的はそれぞれの患者の病態、自己管理能力、動機付けの高さ、ライフスタイル、価値観、社会的リソースなどに配慮して治療の個別化を推進していくことにあります。

食事療法こそ決定共有アプローチが不可欠
2013年の糖尿病食事療法の勧告(Diabetes Care 2013;36:3821-3842)では「個人の好み、文化背景、生活習慣、治療目標など、糖尿病患者の背景はさまざまなので、個々の患者に合わせて食事指導を行うべきである」とし、「 "このやり方が正しい"と限定するだけの科学的な根拠は不足しているので、重要なことは患者の食習慣や嗜好など、患者の生活スタイルに適合していて、長く続けられる食事指導を行うことである」としています。

医療における2つのスタンス
医療には2つのスタンスがあります。1つは伝統的な診療スタイルである「コントロール理論」であり、もう1つは「自己決定理論」です(表)。

表. コントロール理論と自己決定理論の比較

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コントロール理論では「医師が患者を管理する」と考えます。それ故、最終的な決定者は常に医師であり、患者は常に医師の指示を遵守できるかどうかが問われます。これに対して、自己決定理論では「患者が糖尿病を管理する」と考えられるので、最終決定者は医師の協力を得た患者となります。

つまり、エビデンスを重視する医療がコントロール理論に立脚して患者に遵守を求めがちであるのに対し、患者中心アプローチはインフォームド・チョイスに基づいた決定共有を大切にするアプローチであることがご理解いただけると思います。エネルギー制限食 vs. 糖質制限食という二項対立的議論がもたらした最大の弊害は、エネルギー制限や脂質制限といった従来の食事管理法を強く否定し、あるいはSU薬、DPP-4阻害薬といった薬物療法まで強く否定して、糖質制限を強要する医療者を一部に生み出したことです。糖尿病の病態の不均質性や、現実の多義性を全く理解せずに糖質制限を強要する糖質制限原理主義は、排除されなければならないと感じています。

患者中心アプローチの実践ツールとしての基礎カーボカウント
ここからの筆者の主張はコントロール理論に立脚した食事療法の議論ではなく、決定共有アプローチという視点から食事療法について提言をすることです。わが国の食事療法にはエネルギー制限食と糖質制限食の2つしか選択肢が存在しません。それは食事療法に関する研究が、主に食事摂取量や三大栄養素比率に焦点を当てて行われてきたからです。しかし、リアルワールドで最も重要なことは患者中心の視点に立って、食事療法の個別化を推進していくことであるという点に異論を唱える人はいないはずです。ADAの食事療法の勧告(Diabetes Care 2014;37:S1204-S1213)には「炭水化物比率は患者の食生活内容や嗜好に合わせて患者と協力しながら目標を決めていくべきであること」、さらに「炭水化物摂取量をモニタリングすることは血糖管理を達成する重要な方法である」ということが明記されています。

これは、これまでの食生活の内容(エネルギー摂取量や炭水化物比率)や患者の自己管理能力を正確に評価し、患者にさまざまなオプションを提示しながら、患者にとって実行可能な食事計画を立てることを意味しています。決定共有アプローチとはこうしたプロセスを踏むことであり、『基礎カーボカウント』はまさにこのような実践に最適な食事管理法と言えます(図)。

図. 食事療法における患者中心アプローチ

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筆者は原則50〜60%の炭水化物比率で指導していますが、高度肥満患者が30〜50%のLow Carb Dietを希望する場合にはそれを慎重に支援しています。さらに基礎カーボカウントの大きな長所は、体系的な自己血糖測定(3日間7ポイント測定と3日間9食の食事記録)と基礎カーボカウント指導を組み合わせることで、患者が望む食事と血糖管理の両立を図れる点です。これを筆者は「薬物療法最適化プログラム」と呼んでいます(「薬物療法最適化プログラム」については拙著(『2型糖尿病のためのカーボカウント実践ガイド』(医薬ジャーナル社)p220-241参照)。応用カーボカウントが1型糖尿病患者にとって、食事療法というよりは"インスリン療法の一部"であるように、筆者にとって、基礎カーボカウントは食事療法というよりは"薬物療法の一部"と考えています。

最後に強調したいのは、食事療法の成否を決めるのは、どの食事管理法を選択するかではなく、患者のアドヒアランスを高める医療者の姿勢や態度にあるということです。これを私たちは忘れてはならないと考えます。


引用先:
Medical Tribune
2016.10.20
By東京衛生病院糖尿病内科 Dr. 杉本正毅
1979年東京医科大学卒業。順天堂大学静岡病院内科講師、伊豆保健医療センター内科科長、熊谷外科病院・糖尿病センターセンター長などを経て、現在東京衛生病院糖尿病内科勤務。診療のかたわら、バイオ・サイコ・ソーシャル糖尿病研究所、カーボカウント研究会を主宰している。日本内科学会総合内科専門医。






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