第618回 インスリン vs 脂肪減少


Q:
糖質が高血糖とインスリンの過剰分泌を促す。
その結果、インスリンは脂肪細胞に中性脂肪を貯め込む。
更に、脂肪の減少をも阻害する。
故に、糖質をカットしなければ肥満になる。
この考え方って正しいのでしょうか?

A:
いいえ、間違っています!

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インスリンの作用
インスリンの主な生理作用は血糖を抑制することです。骨格筋のグルコース及びアミノ酸の取り込み促進、筋タンパク質の分解抑制、肝臓における糖新生の抑制、グリコーゲンの合成促進と分解抑制、脂肪組織の糖の取り込みと利用促進、脂肪の合成促進と分解抑制などの作用により血糖を抑制し、グリコーゲンや脂肪などの各種貯蔵物質の新生を促進します。インスリンはこのように肝臓、筋肉、脂肪細胞など末梢組織に影響するだけでなく、脳における中枢作用も有しています。

都市伝説
体内ではこれらの作用が1日を通して交絡的に繰り返されていますが、特定の作用のみをスポット(点)で、而も、針小棒大にクローズアップして捉えて、インスリンはストレージホルモン、統合失調症ホルモン、或いは悪魔のホルモンと呼ばれ、我々を太らせて健康を損なうものであるとして不当な扱いを受けています。
糖質とは「炭水化物から食物繊維を引いたもの」で、糖類とは「二糖類(砂糖、乳糖、麦芽糖)+単糖類(ぶどう糖、果糖)を指しますが、糖質制限ダイエットを狂信的に推し進める人たちは、『糖質摂取 ⇒ 血糖値スパイク ⇒ 高インスリン ⇒ 脂肪合成の促進・脂肪分解の抑制 ⇒ 体脂肪の蓄積 ⇒ 肥満』の図式を浮き彫りにし、『糖質制限 ⇒ 低インスリン ⇒ 脂肪合成の低減・脂肪分解の促進 ⇒ 体脂肪の減少』という論理を作り上げ、“糖質を摂取すると血糖値が高まりインスリンが分泌されるが、インスリンには血糖値を下げるだけでなく、脂肪を蓄積する作用がある。従って、根源の糖質を制限することによって肥満への流れを断つ”という考え方です。しかし、この論理の底流には大きな誤解・誤情報が潜んでいます。

インスリンの分泌
インスリン指数については、 “第617回のインスリン分泌を高めるのは糖質だけ??” で詳しく説明済みなのでご覧ください。「炭水化物だけでなくタンパク質もインスリンの分泌を高めること、更に、どちらか単独よりも「炭水化物+タンパク質」と組み合わせるとインスリン分泌はより昂進する」ことは御貴承の通りです。
因みに、最近の研究でタンパク質と炭水化物のインスリン反応と血糖反応が比較されているので紹介します。

Appetite
男性21名平均年齢33±14歳を2群に別け、675kcalの等カロリーの2種類の食事を割り当てました。
・LP/HC:タンパク質(21g)/炭水化物(125g)
・HP/LC:タンパク質(75g)/炭水化物(75g)

上表はインスリン反応で、下表は血糖反応です。
高炭水化物食は血糖反応が高いにも拘わらず、インスリン反応は高くなっていません。
インスリン反応は高タンパク質食後に高くなっています。
インスリン反応の平均値は、食後20分で高タンパク質食は45 uU/mL、高炭水化物食では30 uU/mLでした。
タンパク質のインスリン反応が速い事を示しています。

インスリン反応
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血糖反応
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アンチカタボリックホルモン
インスリンは筋骨格筋のタンパク質の同化(合成)そのものには関与しませんが、アンチカタボリックホルモンとして筋タンパク質の異化(分解)を抑制します。これは “第32回の筋肉増強とトレーニング後の栄養摂取” に書いているように、筋量を最大限に増やすためにとても重要なことです。

リポ蛋白リパーゼ(LPL)
上述したようにインスリンは脂肪の蓄積にも関与し、それが悪者扱いされる大きな理由です。
カイロミクロンはリポ蛋白リパーゼ(LPL)と呼ばれる酵素により分解され、このときに生じる遊離脂肪酸は細胞内に取り込まれ、中性脂肪に再合成(再構成)されて貯蔵されますが、インスリンはこのリポタンパク質リパーゼを活性化させます。しかし、これが脂肪蓄積に於ける唯一の重要メカニズムではありません。インスリンについて歪んだ情報をまき散らしているのは、1970年代の古い文献に書かれたことのみを信じている時代遅れの人たちであって、インスリンは脂肪の蓄積に関与する唯一のホルモンではなければ最も重要なホルモンでもありません。むしろ、アシル化刺激タンパク質(ASP)が、脂肪細胞における脂肪の蓄積の最も有力な刺激物質として考えられています。 勿論インスリンも脂肪蓄積の役割を果たしますが、ASPレベルはインスリンが増加しなくとも高まります。

ホルモン感受性リパーゼ(HSL
空腹時や運動時などエネルギーが不足した際には、脂肪細胞に蓄えられた脂肪は加水分解され、脂肪酸とグリセリン(グリセロール)となって血中に放出されます。この現象を脂肪動員(脂肪の分解)と云い、ホルモン感受性リパーゼ(HSL)が一端を担っていますが、インスリンはこのHSLの作用を強烈に阻害します。空腹時のインスリンレベルでも脂肪分解が50%近くまで阻害されたと云う報告があります。しかし、このことを以って”炭水化物を食べると脂肪減少は不可能である“と結論付ける人たちがいますが、それが真実でない事は臨床研究が示していますし、現実に炭水化物をベースとした食事でボディメイクしたビルダーがいます。そんな単純な問題ではなく、高炭水化物、中程度炭水化物、低炭水化物ダイエットのいずれが最も適切なのかどうかは、個体の状況(個人差)に依存します。

因みに、中性脂肪が完全に脂肪酸とグリセリンにまで分解されるには、脂肪細胞特異的トリグリセリドリパーゼ(ATGL)、ホルモン感受性リパーゼ(HSL)、およびモノグリセリドリパーゼ(MGL)が段階的に作用することが必要であり、これにはカテコールアミンが大きな役割をしていることが最近の研究で判明しています。

脂質はホルモン感受性リパーゼ(HSL)を阻害する
前夜から絶食の状態の6名に、40gの脂質を経口または静脈注射で割り当てた結果、HSLは阻害されたが、インスリンレベルに変化がなかったことが報告されています。
つまり、糖質の摂取を制限しても、エネルギー収支がオーバーカロリーなら、脂肪は減少しないことを意味しています・・・American Journal of Physiology

運動と血糖値
GLUT4は主に脂肪細胞、骨格筋、心筋に認められ、インスリンがないとき細胞内に沈んでいますが、インスリンにより細胞内から表面上に移動(トランスロケーション)し、血中グルコースを取り込みます。従って、インスリン抵抗性やインスリン分泌が不足すると、細胞内へのグルコース取り込みが低下し、食後高血糖の要因になります。

運動はインスリン様の作用を有しており、運動を続けている限りインスリンに関係なく、グルコースは筋肉細胞内に取り込まれます・・・運動することでGLUT4が活発化し、数も増えるのです。最大酸素摂取量(VO2max)60%の低中強度でジョギングをすると、安静時に比較して糖質の利用度は20倍まで高まるといわれています。
高強度の筋トレでは、肝臓から血中へのグルコースの分泌が昂進し、運動中の血糖値を高める作用をしますが、上述したように筋肉の異化(分解)を抑止することにもつながります。
有酸素運動および強度の高い筋トレ共に、健康促進のために推奨されていることは周知の事実ですが、インスリンを悪者とするなら、インスリン様の作用を持つ運動までが悪者になってしまいます。

アナボリック期(食後フェーズ)とカタボリック期(吸収後フェーズ)
1日24時間を通してトータルで、アナボリック期(グリーン部分)>カタボリック期(ブルー部分)なら脂肪が増え、グリーン部分<ブルー部分なら脂肪が減少します。

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Post-prandial phase(食後フェーズ)およびpost-absorptive phase(吸収後フェーズ)は専門用語です。
食後フェーズとは食事をした後の状況で、食事に含まれる栄養素は消化管で消化吸収され、血中に放出されます。体内はこの時アナボリック(同化)の状態で、栄養素は各組織に蓄積されます。
吸収後フェーズは食後フェーズ間に生じます。食べたものは全て消化吸収され、エネルギーとして燃焼したり、或いは、様々な組織に蓄積されます。これが起こると、ホルモンレベルは全体的にカタボリック(異化)な状態に変り始め、体は組織に蓄積された栄養素を分泌します。

一日を通して、体は食べる度に食後フェーズと吸収後フェーズの間で変化し、栄養素を組織から引き出したり、或いは、貯蔵し始めます。
そして24時間に亘ってカロリー摂取を低く抑えると、体は食後(栄養素を貯蔵)より相対的に吸収後(貯蔵された栄養素が燃焼)に多くの時間を費やします

ダイエット中には、食事量を少なく(or活動量を大きくor両方)すると、身体は貯蔵された栄養素の燃焼にシフトバックする前に、与えられた食事は長い間(食べる量をもっと多くするとその時間帯が短くなる)アナボリックな状態を維持しようとします。炭水化物の摂取に向き合っても、身体は貯蔵された脂肪を依然として活用するでしょう(⇒故に脂肪減少)。
このことは理論的に言って、「体は吸収後の段階での食事間により多くの時間を費やそうとするので、少量を頻繁に食べると脂肪減少が改善する ことを意味している」ことに注目してください。

グリセミック指数(GI値)
グリセミック指数は、糖尿病(特に1型糖尿病)患者のために1980年代に考えられたものですが、ボディビルダー、アスリート、美容目的のダイエッターの間に急速に普及しました。
グリセミック指数とは、ブドウ糖50g or 100g を摂取後一定時間の血糖値上昇率を100として、同量の食品の炭水化物を摂取した際の血糖値上昇を相対値で表すものです。現在は白パンが参考値100として使われています。
しかし、これは同量摂取での血糖値上昇を見る「質」の指標であり、例えばご飯は砂糖に比しGIが低いですが、現実的には同量を摂取することはありません。
グリセミック指数にはもう一つの欠陥が指摘されています。つまり、グリセミック指数は専ら食品を単品で食べた場合の血糖値への影響を示したものでしかなく、タンパク質や脂質など同時に食べるとグリセミック指数は大きく変化するということです。更に、調理法方法によっても数値は変わります。従って、グリセミック指数は糖尿病患者の血糖値コントロールの一つの目安とはなるものの、決してパーフェクトなものではないことが指摘されています。
加えて、良く有酸素運動を行っている人の方が、GI反応が低い事も報告されています。

グリセミック指数には、実はもっと根本的な問題があります。
食品摂取後の血糖値の変動は、“消化管からの糖質の吸収速度”だけで決まるのではなく、“血中グルコースの消失速度、つまり、インスリンの分泌によって大きく変動する血中から組織内へのグルコースの取り込み速度(グルコースクリアランス)”が密接に関与すると考えられています。しかし、現行のグリセミック指数の算出法では、食品摂取後の血糖値だけを用いて算出しており、これでは同じグリセミック指数であっても、“消化管での糖質吸収の抑制によって得られたグリセミック指数なのか”、或いは“膵臓からインスリンが過剰に分泌された結果として得られたグリセミック指数なのか” を区別して評価することはできません。このことが同一食品でも各機関で同一のグリセミック指数が得られない原因であり、また、グリセミック指数のバラツキを大きくしている要因となっています

消化の遅い澱粉(パスタ)と消化の早い澱粉(パン)が同じ血糖反応を示す
でんぷん食品からの消化管へのグルコースの取り込み速度が遅いと、食後のインスリンとGIP濃度は低減するが、グルコースクリアランス率が低下するので、血糖反応は必ずしも弱まらないことが報告されています・・・ 第400回にでんぷん食品と血糖値

最後に、
グリセミック指数(GI値)の低い食品が、必ずしもゆっくり消化するのではなく、速いインスリン一次反応が血糖値をクリアしていると考えられます。食品の血糖応答は、骨格筋などの組織におけるグルコースの蓄積率に加えて、消化率および血中への分泌によって決定されることを認識することが重要でしょう。