第743回 ロシア美人考


ロシアよもやま話 (^.^)

ロシア通のMGさんから定期的に御寄稿いただくことになりました!
写真はロシアの走り幅跳びダリヤ・クリシナ選手です。

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ロシアが美人国であるとは、ロシアを訪れた外国人(とりわけ男性)が異口同音に語る印象です。こうした印象をお持ちでない方も、テニスのマリア・シャラポワ、サッカーのクリスチアーノ・ロナウドの彼女としても有名な世界的モデルのイリーナ・シェイク、新体操の選手、記憶に新しいところではソチ冬季オリンピックの女子カーリングチーム等々から、なるほどそう言えばと、頷かれる向きもおありでしょう。
筆者は1980年代のソ連邦時代、そして2008年~2010年と2回に亘りモスクワに駐在し、同国の主要都市を訪問しましたが、来訪者(日本のみならず米国、アジア諸国も含みます)の発言は次のように変わりました。

1980年代のモスクワ:
若い女性は美人ばかり、でも中年になるとビア樽のように太り、容色も衰えるものですな~! 着ているものも地味で質素ですな~!
因みに、この当時はナイロン・ストッキングのお土産がとても喜ばれました。

2010年のモスクワ:
ロシアは世界一の美人国ですな~!
歳をとると丸々と太るんだと聞いていましたが、スマートな女性が多いんですね~!
それに着ているものもおしゃれで高価そうな服ばかり!
皆さん凄くファッショナブルですね~!

政治体制、経済事情の違いによる外観上の違いは自明としても、ロシアは美人国との評価に変わりはないようです。自然人類学上のアカデミックな考察にはおよそ縁遠いモスクワの海外駐在員達の間には、俗にいう南米美人国3C(コロンビア、チリ、コスタリカ)をはじめ世界各国の駐在経験者も多く、こと本テーマに関しては皆一様に肯定的であり、問わず語りに熱くなる向きも多いのです。

それでは、ロシアが美人国とすれば、果たして何故美人が多いのかについてはどう説明するのでしょうか?

要約すると次のようになります。

1.そもそも多数の民族が入れ替わり立ち代わり跋扈した地域であり、現在のロシアでさえ、150前後の民族がおり、まさに人種の坩堝であり、混血が続いてきた。とりわけルーシ(中世ロシアの総称)時代の13世紀より15世紀の200年以上に亘りモンゴル帝国の支配下に置かれ、東洋と西洋との混血が一気に進んだ。東洋系特有の憂いを含んだ黒髪の美女が多いのはこのためである。(因みに、旧ソ連邦を形成していた15共和国の一つに白ロシア共和国がありました。ソ連邦崩壊後は、ベラルーシと国名を変えましたが、ロシア語でベラとは「白い」という意味ですから、ベラルーシは、「白いロシア」となります。この地域はモンゴル帝国の支配下に入らず、純潔を守ったとの意味合いで「白いロシア」と呼ばれたものとされています。)

2.従って、ロシア美人とは混血のなせる技であり、西洋の優美、東洋の哀愁を併せ持ち他国のきれいなだけの女性とは異なり、世の男性の心に入り込むのである。
筆者も上記には格段の反論はありませんが、敢えて一つ付け加えるのであれば、ロシアの人々のハートの良さでしょう。残念なことに我が日本人の間には、その不幸な歴史もあって、なかなか受け容れ難き事情とは思いますが、ロシアの人々のハートの良さこそ男女差を問わず特筆すべきものと考えています。筆者は米国にも4年間駐在しましたが、ビジネスライクで現実的な米国人よりも、ウエットで何事にも親身になってくれるロシア人への好感度が大きく勝ります。ロシア美人のイメージにはこうしたロシア気質も大きく寄与しているものと考える次第です。

ベラルーシとウクライナいずれも美人国として知られています。MGさんに両国について質問した処、下記通りの追加情報をいただきました。

ベラルーシ:
元はロシアと同じ国(ソ連邦)であり同じスラブ人種です。多民族地域であり、混血が進みました。但し、ベラルーシは地勢的に、歴史的に東洋(モンゴル)の血が入らなかったとの概論です。

ウクライナ:
こちらも元はロシアと同じ国(ソ連邦)であり、同じスラブ人種です。
ロシアとウクライナは歴史的にそもそもソ連邦崩壊時に、各々が分かれて独立国家になること自体がおかしいといわれたほど密接な関係です。クリミア、ウクライナ東部の独立問題でこじれた関係となっていますが、将来はロシアとウクライナは一緒にならねばおかしいと話すロシア人(ロシア国民)が多数との印象でした。

ロシア人という言葉自体がかなりあいまいになっていますが、もともとは旧ソ連邦国民を多民族国家でありながら「ロシア人」という単一の呼称に押し込めたものが現在に至っています。ですから、ベラルーシ人(ベラルーシは人口が950万人前後でルカシェンコ大統領というウルトラ独裁者が前近代的な政治体制を保持しています)はロシア人であり、ウクライナ人も旧ソ連邦時代はロシア人の一括りに入っておりました。
ルーシ(ロシアの原名)の時代は、まず現在のウクライナ地域にキエフ(ウクライナの首都です)公国ができ、それがモスクワ公国に引き継がれ、やがては地域統一によりロシア帝国(帝政ロシア)に発展していきました。ウクライナ地域にもモンゴルの血が入っており、此の点ではロシアと同じで、ベラルーシとは異なる点です。
ロシア人という呼称は、スラブ人種系と呼んだ方がすっきりとするかもしれません。(本当のウクライナ人(系)は、姓名がオ行で終わります。例えば、キリレンコ、グロムイコ、ルカシェンコ、エフトシェンコ等です。ウクライナにはロシア語しか話せないロシア人が東部に多数おり、現在の紛争のもとになっています。
以上ですが、ご参考になればと思います。