第896回 糖尿病が“良くなる”とはどういうことなのか?


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掲題の件について、小児および成人内分泌学、糖尿病教育、移植、代謝、肥満/併存疾患外科手術、血液腫瘍の専門家が参集し鋭意論議しています。そこでのコンセンサス事項が “How Do We Define Cure of Diabetes?” というタイトルでDiabetes Care Nov 2009 vol.32 no.11 2133-2135に掲載されています。

論議の合意ポイントのみを手短に知りたい方は、下記の一覧表を参照してください。
もっと詳細を知りたい方は本文を読んでください。

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米国糖尿病学会の使命は、糖尿病の予防と治癒(Cure)、並びに糖尿病に冒された人たちの生活を改善(improve)することである。
糖尿病に関する科学/医療論文や解説では、疾患の転帰として寛解(remission)と治癒/完治(cure)という用語が使われている。
1型/2型糖尿病に対する幾つかの承認済み又は実験段階の治療、例えば膵臓や膵島の移植、免疫調節、肥満/併存疾患手術などは、根治目的や治癒する可能性のある治療法としてメディアでは言い表されている。

然し、糖尿病のremission(寛解)やcure(治癒)の定義は思ったほどに簡単ではない。
悪性腫瘍のような言わばall or nothingの二分法的な疾患と違って、糖尿病は高血糖によって定義づけられるからである。つまり、高血糖そのものは単発的に終わるものではなく、連続性で且つ短い時間枠で日々の治療や薬剤、食事、身体活動、併発性疾患に影響されるからである。
successful treatmentとcure(治癒)の区別が糖尿病では曖昧である。
血糖値の改善(improved)または正常化(normalized)が寛解や治癒の定義の一部をなすことは間違いではないであろう。

糖尿病の診断カットポイント(境界値)以下の血糖測定値は、薬物治療(例えば、血糖降下薬や移植後の免疫抑制薬)、ライフスタイルの変化、肥満/併存疾患手術や管腔内デバイスの継続的な取替えでも起こる。
こういったことがあるにも拘わらず、単に血糖測定値が正常であるということのみを以て、寛解や治癒という用語を用いて良いのだろうか?

この課題を論議するために、米国糖尿病学会の呼びかけで、小児および成人内分泌学、糖尿病教育、移植、代謝、肥満/併存疾患の外科手術、血液腫瘍の専門家で構成されたコンセンサスグループが2009年6月に参集した。
“これまでに慢性病は治る(cure)といった方が正しいケースはあったか”、“Management(管理)/寛解/治癒の定義は何なのか”、“併発状態の管理目標は、治癒後には非糖尿病患者の管理目標に戻すのか”、“糖尿病合併症のスクリーニングは治癒した患者にも続ける必要はあるのか”など多岐に亘って検討した。

議論を活発にするための科学的あるいは数理計算された統計エビデンスが揃っておらず、多くの争点でコンセンサスには至らなかった。ここに述べられた見解と勧告は執筆者たちによるもので、米国糖尿病学会の公式見解ではない。

医学的には、寛解は疾患の徴候や症状の軽減または消失、治癒は良好な健康状態への回復として定義付けできよう。寛解には疾患再発の可能性が包含されている。多くの臨床医は、真の治癒は急性疾患に限定されると考えている。
感染症を例とすると、急性細菌性肺炎は抗生物質で治癒できるが、HIV感染は現在の処では寛解又は慢性疾患に戻すのがベストである。
小児急性リンパ芽球性白血病の変遷を振り返ると、最初は一様に致命的な疾患とされていたが、寛解に変わり、更にしばしば治癒と考えられるまでに進展してきた。
逆に、慢性骨髄性白血病は、現在ではイマチニブのような治療法で長期的寛解とされ、治癒することはないと考えられている。

糖尿病のような慢性疾患には、治癒よりも寛解という用語を使う方がより正確であろう。 1型や2型糖尿病に対する現行もしくは将来の潜在的な治療法は、根底に介在する病態生理学的異常や遺伝的素因を考えると、常に患者に再発リスクを残すことになろう。

ある程度の期間が経過した後で、希望に満ちた決定的なニュアンスを持つ治癒という言葉の代りに、長期寛解(prolonged remission)といった用語を使っても患者は満足しないだろう。更に、治癒が生涯続く寛解を意味するのなら、患者は生きている間は決して治らないと見做すだろう。長期寛解は本質的に治癒に相当する言葉だと見做すことは操作的に意味のあることかもしれない。特定の癌では類似した例があり、治癒は再発リスクが極めて低いと思料される長い完全寛解期だと定義されている。

それでは、血糖値が正常域、軽症糖尿病、β細胞の機能不全/喪失やインスリン抵抗性などの生理機能に全く異常がないことを以て、糖尿病ではないと定義すべきなのか?

グループは、高血糖が腫瘍負荷に似ていることから、悪性腫瘍について使われる用語の定義をモデルとした。癌は当初は部分寛解および完全寛解の区分なくいずれも寛解とされていたが、最終的にはがんの症状や兆候が見られなくなり、再発リスクが低い状態を完全寛解とした。もちろん癌種により定義は異なるが、特定の癌は完全寛解が長期に続くと操作的に治癒/完治(cure)と判断されるようだ。

しかし、糖尿病患者における血糖レベルはがん患者における腫瘍サイズと違って、日毎に大きく変動する可能性がある。例えば、2型糖尿病患者では僅か2~3日の厳格な食事管理の後に、血糖値が改善または正常値に戻ることもあるが、決してこれを寛解とは言わない。
そうでなければ、患者は常に寛解域に入ったり出たりの状態を繰り返すことになる。

寛解と呼ばれる前の血糖値の改善もしくは正常化の最低期間をどう考えるかが大議論の対象となったが、最終的には保守的なコンセンサスに終わった。
血糖測定値が糖尿病と診断される境界値に届かなくても非糖尿病と定義されることもあるが
グループは微小残存病変の兆候をグルコース恒常性の異常と見做し、部分寛解として位置付けた。
経口ブドウ糖負荷試験は、血糖値を意図的に上昇させる試験であるため、既に糖尿病型と診断されている患者には禁忌とされているが、簡便なA1CやFPG試験ではなく経口ブドウ糖負荷試験の増分値を以て寛解を定義することには合意に至らなかった。

グループが合意した定義は次の通りで、1型および2型糖尿病いずれにも共通である。
寛解とは、薬理活性療法(抗高血糖薬や免疫抑制薬)及び外科的療法(管腔内デバイスの継続的取替え)を行わないで、血糖値が糖尿病型の判定基準以下である状態と定義する。寛解は部分寛解と完全寛解として特徴付けられる。

部分寛解とは、薬理活性療法を行わず1年間以上軽症糖尿病型の高血糖の状態である・・・HbA1c<6.5%、空腹時血糖値100~125 mg/dl

完全寛解とは、薬理活性療法を行わず1年間以上にわたり糖代謝が正常に回復している状態である・・・HbA1c正常範囲内、空腹時血糖値<100 mg/dl

2型糖尿病の寛解は、例えば、肥満/併存疾患の外科手術、或いは減量や運動のような生活習慣の努力で達成できる。
薬や腹腔鏡下胃バンディング後のバンド調整により血糖値が正常になっても、これら介入は治療と見做され寛解の定義を満たさないだろう。
患者が定常的な状態に達してデバイス(例えば、胃バンディングや管腔内デバイス)の調整や取替えの必要がなくなった後であれば、デバイスによる寛解と見做されよう。
1型糖尿病の場合は、免疫抑制を必要としない免疫調節療法や膵島置換療法による寛解は有り得るが、免疫抑制を必要とする移植や人工すい臓などの将来的な治療では寛解と見做される可能性はない。

長期寛解は完全寛解が5年以上続くことであり、操作的に治癒と考えられるかもしれない。5年と言う期間は、正常血糖に回復してから再発リスクの期間を示す統計データがないので、
任意に選定されたものである。
再発リスクは、年齢、性別、BMI及び民族性をマッチさせた糖尿病歴のない人達よりも、寛解期の糖尿病患者の方が高いことが認識されている。

糖尿病の特徴は、高血糖に加えて、特異的(微小血管)/非特異的(心臓血管)な合併症である。高血圧や脂質異常などの心血管リスク因子への処置を含む糖尿病の管理は、しばしば非糖尿病患者よりも厳格な目標となる。糖尿病を有す人たちは網膜症や腎症などの疾患の微小血管合併症への定期検診も必要である

寛解期の糖尿病患者にとって糖尿病特有の治療目標やスクリーニングは必要なのか?
もし必要ならば期間はどの位か?
グループはこの問題を経時的な危険関数と捉えた。
心血管疾患では、糖尿病が及ぼす高リスクが高血糖の改善により迅速に低減することは、特に共存リスク因子が依然として現れている場合では極めて稀のようである。
網膜症など糖尿病特有の合併症の発症リスクは、長期の正常血糖で有意に低下するようだが、合併症が進行確定してしまうと限りなく継続的に監視する必要があるだろう。

5年未満の部分寛解または完全寛解では、併存疾患(高血圧症、脂質異常症)の治療目標は、糖尿病のものと同じ侭とすべきである(例えば、血圧目標<130/80 mmHg)。完全寛解が5年を超えた場合は、糖尿病の再発がなく心血管イベントも無い限り、糖尿病でない患者のための適切な目標が考えられるだろう。

5年未満の部分寛解または完全寛解では、糖尿病を有していたときと同じ頻度で、糖尿病合併症のスクリーニングを受けるべきである。完全寛解が5年を超えると、合併症のスクリーニング頻度は、各合併症の状況に応じて減らすことはあり得るだろう。特定の合併症のスクリーニングを完全に停止することは、その合併症の既往歴がない場合に限り考慮されるべきである。

<ご参考>
これらは米国糖尿病学会のas finalの公式声明ではありませんが、主筆者Dr Kirkman(米国糖尿病学会)、Dr John B. Buse(米国University of North Carolina School of Medicine)、Dr Sonia Caprio(米国Yale University School of Medicine)、Dr William T(米国Louisiana State University System)、Dr Antonio Ceriello(英国University of Warwick, Warwick Medical School)、Dr Stefano Del Prato(イタリアUniversity of Pisa)、Dr Silvio E. Inzucchi(米国Yale University School of Medicine)、Dr Sue McLaughlin(米国Nebraska Medical Center)、Dr Gordon L. Phillips II(米国University of Rochester School of Medicine)、Dr R. Paul Robertson(米国Diabetes Research Institute and University of Washington)、Dr Francesco Rubino(米国Weill Cornell Medical College-New York Presbyterian Hospital)、Dr Richard Kahn (米国糖尿病学会)による合意です。

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