第1052回 「太る原因は炭水化物」説は詭弁??


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公的な利益のための社会的な責務として、純粋に仮説を検証して世に発表する…そんなピュアな研究者は稀有でしょう。そもそも責任ある立場の研究者の多くは、それぞれの分野でイノベーションをもたらし、世界に影響を与えたいという意図を持っています。医療従事者であれば、自分の研究論文がジャーナル四天王といわれるNEJM/Lancet/JAMA/BMJに掲載され、自分の持論が世に認められることは至上の栄誉となるでしょう。
ゆえに、仮説を検証したいという純粋な気持ちと裏腹に、何とか有意なアウトカムに導きたいという強い意欲に駆り立てられても寧ろ当然だと思います。設定デザインによってアウトカムは異なるし、メタ解析戦略の違いによって結論は大きく変わります。バイアスはこのような土壌で生まれやすい。


定義は言葉の命です!!

言葉は辞書に記載されている意味で使われることもあるし、自己表現を高めるために自由にこじつけて使われる場合もあります。
しかし、言葉の意味を明確に定めて書き手と読み手の間で“共通の前提”にしておかないと、それぞれの解釈に食い違いが生じたり、或いは、都合の良い変な前提(詭弁)にごまかされたりします。
実際、Sydney大学から『生物医学の研究論文の4分の1以上が、“結果の解釈を歪めている”、“因果関係の結論付けができないときに因果関係を導き出している”、“読者を誤解させて結果がより好ましく見えるように操作している”という報告』があります…“第1016回 ごまかし科学

直近の記事で取り上げたEbbeling & Ludwigの “carbohydrate-insulin model of obesity”に関する論文にも、Dr. Kevin HallやDr. Stephan Guyenet が指摘している問題点に加えて、“言葉の定義に関する問題”が底流に潜んでいると私はおもいます。
第961回 Insulin-Carbohydrate Model/マイコメント” で、因果関係(causal relationship)/相関関係(correlative relationship)と原因(cause)・要因(factor)・動因(drive)・誘因(inducement)について述べましたが、読者の皆さんもこれら用語の意味の違いをしっかりと念頭に入れて論文をお読みになれば、きっとお気づきになるでしょう。

この論文のフルテキストには、“CIM obeys the First Law of Thermodynamics specifying conservation of energy”、つまり、“我々のモデルはエネルギーの保存を規定する熱力学の第一法則に従っている”と明記されています。
そうであるなら、多くを語るまでもなくcause of obesity(肥満の原因)は“正のエネルギー収支バランスになること”だと思います。

注:適応熱産生(adaptive thermogenesis)
わたしたちの体重の増減は究極的には長期のエネルギー収支バランスで決まります。
私たちが1日に消費するエネルギー総量は、Basal Metabolic Rate (BMR/基礎代謝量)、Thermic Effect of Food(TEF/食事による熱産生効果)、Thermic Effect of Activity (TEA/活動性熱産生効果)の総和によって決まります。
簡単に言い換えると、現体重を維持するために必要な1日のエネルギー量=基礎代謝量+食事誘導性体熱産生+運動+生活活動になります。そして総摂取量がこれを超えると太り、下回ると痩せます。


他方、”causes of obesity epidemic(肥満蔓延の原因)とも書かれており、別の項目では“In this way, a negative energy balance and weight loss might be achieved with less difficulty and greater sustainability”という記述もありますが、このように表現するとニュアンスとして相関的な要因が色濃く滲んできます。
因みに、原因(cause)はひとつですが、肥満の相関関係を形成する因子は複数あり、遺伝子、栄養素、血糖値、GI値/GL値、インスリン/レプチンなどホルモン作用、空腹感、満腹感、ライフスタイル、食べる順番、睡眠、食べる組み合わせ、依存性、常習性、健康度状態などが挙げられます。キャッチフレーズとしての“eat less, move less”もこの中に含まれます。

現状ではこれが絶対的に正しいと断定できる定義はありませんが、相関的な諸要因の中で最も重要なのが主因(primary factor)だと解するのが一般的です。従って、炭水化物の摂取は肥満の主因であると言うのなら、それが生物学・栄養生理学・遺伝学・神経分泌学・文化人類学などの観点から正しいかどうかは別問題ですが、一つの考え方としては受け止めることはできます。

取りまとめますと、
定義は隠れた前提です。Ebbeling & Ludwigは、意識的な詭弁か無意識の誤謬かは定かではないですが、これら重要な言葉の明確な定義づけを行わず「ごちゃ混ぜ」にし、肥満の原因(cause)は炭水化物の摂取だという非論理的な結論付けをしています。


余談
「男性の性欲は排泄欲である。だから誰とでも寝る女性のことを公衆便所と呼ぶ」と聞いたことがあります。まさしく「定義は言葉の命」であり、同時に「言葉は魔物」であると改めて痛感します。